MISSTRESS blog

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RUI

【ほんの少しだけ】

Xが凍結してからというもの、ルイの女王様としての活動は、多少失速するものだと思っていたの。 新しい出会いのきっかけがひとつ失われたわけだし、しばらくは大人しくなるのかしら、と。 ところが、現実は真逆だったわ。 「ブログを見ました」と問い合わせてくれるマゾや、「前回の緊縛が忘れられなくて」と久しぶりに連絡をくれるマゾ。 おかげさまで、毎日忙しくさせてもらっているわ。 ありがたい限りね。 しかも、連絡をくれるマゾたちは、みんなXの凍結を心配して気にかけてくれるのよ。 ルイはちゃんとここにいるのかしら。また連絡が取れるのかしら。 そんなふうに気にかけてもらえるのは、素直に嬉しいものね。 だからこそ、安心してもらうためにも、これからはブログをこまめに更新していこうと思っているわ。 そういえば、最近ブログの更新が滞っていたけれど、決してサボっていたわけじゃないのよ。 ……なんて、忙しさを言い訳にするつもりはないけれど。 求めてくれるマゾがいて、それに応えるために時間を使える。 これはもう、嬉しい悲鳴というものね。 せっかくルイを見つけてくれたお前に、もっとルイのことを知ってもらいたい。 すでにルイを知っているお前には、もっと深くルイの世界を知ってもらいたい。 そして、まだ出会っていないお前にも、いつかルイを見つけてもらいたい。 Xが凍結したからといって、立ち止まっている場合じゃないわね。 連日ルイを求めてくれるマゾに応えるために。 そして、未だ見ぬマゾと出会うために。 これからは、ブログの更新頻度を上げていこうと思うわ。 お前がルイを見つけるきっかけは、Xだけじゃなくてもいいでしょう? ここでルイの考えに触れて、興味を持って、会いに来てくれる。 そんな出会いが増えたら、ルイとしても嬉しい限りよ。 というわけで、これからは今まで以上にブログを更新していくつもりだから、楽しみにしていなさい。 さて、次はどんな話をしようかしらね。 まだ見ぬお前にも、今ここにいるお前にも。 ルイの世界を、少しずつ見せてあげるわ。

【X凍結したみたい】

またX、凍結しちゃったわ。 ……またなのよ。 bondage衣装の写真をセンシティブ設定を付けずに投稿したのが原因なのかしら。 まだ理由は分からないけれど、心当たりがあるとすればそのあたりね。 最近はXを経由してルイを見つけてくれるマゾも増えていたから、正直、少し寂しい。 せっかく見つけてくれたのに。 せっかくフォローしてくれたのに。 そう思うと、やっぱり残念だわ。 でも、まあ。 落ち込んでいても仕方がないでしょう。 今回は新しいアカウントを作るより、まずは異議申し立てを頑張ってみようと思っている。 二度手間にはなるけれど、ここまで積み重ねてきた場所だもの。 簡単に諦めるつもりはないわ。 それに、もし今、 「Xが凍結していてルイ様に連絡できない」 と思っているお前がいるなら、安心しなさい。 Babylon公式LINE、もしくはメールから問い合わせてもらえれば、ルイからの回答を転送してもらうようにするわ。 Xがなくなったからといって、ルイとの繋がりまでなくなるわけじゃない。 ちゃんと別の道を用意してある。 だから、慌てなくていい。 また戻れるように、まずはやれることをやってみるわ。 もし戻れなかったら? その時は、その時よ。 また別の場所から始めればいい。 ルイは、こういうことで簡単に消えるような女王様じゃないもの。 最近ルイを見つけてくれたお前も。 ずっと前から見ていてくれるお前も。 これからルイを見つけるお前も。 ちゃんと繋がれる場所は残しておくわ。 だから、少しだけ待っていなさい。 異議申し立てが通るように、ほんの少し祈っていてちょうだい。 また、ゆっくりやっていきましょう。

【欲張りなチク射】

当日、急にやってきたマゾ。 先にシャワーを浴びてくれていたみたいなんだけど、ガウンの膝のあたりがなぜか血まみれ。 ……え? 本人にはまったく自覚がない。 慌てて脱いで確認してみても、外傷らしいものは見当たらない。 一体何だったのかしら。 あまりにも不思議な現象すぎて埒が明かないので、最終的には「幽霊の仕業」というところに着地させることにした。 不気味ではあったけれど、私はこういうハプニング、嫌いじゃないわよ。 むしろ焦っているお前の顔が面白くて、途中から不気味さなんてどうでもよくなってしまったわ。 そんな不思議なスタートを切った今日のセッション。 事前に聞いていた話では、どうやら全身がかなり敏感らしい。 アナルや乳首への刺激で、直接触れなくても射精できるという。 ふーん、そんな話を聞かされたら、 絶対見たいに決まってるじゃない となるのがルイよね。 お楽しみは最後に取っておいてまずは後手に拘束して、チク拓を取ることにした。 始めてみれば、まあ面白い。 蕩け落ちるロウの刺激だけでもビクビクして怯えてる。 いいえ、そんなフリして快楽によがってるのわかってるから。 その反応がまるで、イタズラがバレた子供みたいなのよ。 思わず笑ってしまったわ。 さらに、固まったロウ越しに乳首を触ってみると、なんとも不思議な感触。 最近流行っているらしい、パキパキスクイーズみたいだった。 私はパキパキスクイーズを触ったことがないけれど、 まさかお前の乳首をスクイーズにすることで、その感触を知ることになるとはね。 しかも乳首がしっかり肥大化していたから、なかなか綺麗な拓が取れた。 完成した拓を見ていたら、ふと思った。 これ、お前のへそにジャストフィットしそうじゃない? 実際に当ててみたら、本当にぴったり。 あまりにも綺麗に収まるものだから、思わず笑ってしまった。 それにしても、すぐ射精してしまうからという理由で、自分の身体を靴紐で縛っていたのにも笑わされたわ。 なんというか……脳筋なのかしらね。 嫌いじゃないわよ。 そしてメインディッシュのアナル。 少し刺激しただけで、本当にすぐ反応する。 あまりにも反応が良いものだから、こっちまで面白くなってしまった。 「もうちょっと試しちゃお」 なんてやっているうちに、私の方もすっかり歯止めが効かなくなってしまったわ。 本当に楽しかった。 ただ、チク射については話し合った結果、今回は次回へ持ち越し。 楽しみは残しておくくらいがちょうどいいでしょう。 そしてもう一つ。 事前のカウンセリングで、お前は聖水にもずっとチャレンジしてみたいと思っていたらしい。 でも、なかなか一歩を踏み出せずにいた。 それを聞いていたから、私もタイミングがあればセッションに組み込みたいと思っていた。 そして、そのタイミングは思いのほか早くやってきた。 アナルをしている途中、もう膀胱がパンパンだったのよね。 わざわざ我慢する必要もないし、浴室へ強制連行。 四つん這いの背中に聖水シャワー。 あれだけ「やってみたい」と言っておいて、何をそんなに怖がっていたのかしら。 実際にやってみれば、ちゃんと楽しんでいるじゃない。 こういう瞬間を見るのが、私は好きなのよ。 やってみたい。 でも怖い。 気になる。 でも一歩踏み出せない。 そんなところから、実際に体験してみる。 そして最後には、 「ルイ様となら、できるんだ」 となる。 その瞬間を一緒に作ることができるのは、SMの面白いところだと思う。 今日も、楽しませてもらった。 突然の怪現象から始まり、ロウに乳首スクイーズ、綺麗に取れたチク拓、予想以上の敏感さ、そして最後は聖水。 ずいぶん濃い時間だったわね。 でも、こういう予想外があるからSMは面白い。 お前が一歩踏み出すたびに、私も新しいお前を知ることができる。 さて。 チク射は次回へ持ち越し。 次は何が起こるのかしらね。 幽霊だけは、もう来なくていいわよ。

【300発、耐え抜いた男】

今日もまた、ひとつ面白い出会いがあった。 Xからルイを見つけてくれたマゾ。 SMについてまだまだ模索中という感じだったけれど、自分の中にあるM気質に気付いて、SMクラブへ足を運ぶようになったそう。 そんなお前が今日掲げた目標。 【スパンキング300発】 初めてのルイとの時間で、いきなり300発。 なかなかいいじゃない。 しかも、スパンキングがかなり好きらしい。 跡が残っても大丈夫。 痛みも結構好き。 なるほど。 それなら、こちらも遠慮する必要はなさそうね。 ということで、始める前から私も少し楽しみにしていた。 そして結果から言うと―― 見事、300発。 最後まで耐え抜いた。 お尻を真っ赤にしながらね。 途中、二人で声を出してカウントしていたのだけれど、終始ルイの方が声が大きい。 ……お前、ちゃんと数えてる? と思ってしまうくらいだったわ。 それでも、最後までしっかり受け止めていた。 正直、感心した。 途中でスパンキングラケットが壊れてしまうくらいだったもの。 いや、ルイもルイで容赦ないわね。 自分で書いていてそう思うわ。 途中途中で冷やしタオルを使って、お尻を冷やしながら続けた。 でも、すぐにまた熱を持ってくる。 冷やしても、冷やしても、すぐに熱くなる。 その熱が手に伝わってくるたびに、私の方までどんどんテンションが上がっていった。 せっかくだから、その濡れタオルでも少し叩いてみた。 ラケットとはまた違う、重くて柔らかい衝撃。 これがなかなか面白い。 思いがけず、ルイの方がやみつきになりそうだったわ。 そして、もう一つやりたがっていたものにも挑戦した。 首を絞められること。 さっきまで300発を受け止めていたくせに、こちらではずいぶん大袈裟に苦しそうな顔をするものだから、思わず笑ってしまった。 しかも私が1から9までカウントしているところで、勝手に「10」なんて数えている。 「まだ9よ?」 そう思いながら、また笑ってしまった。 声が小さすぎて、こちらにはほとんど聞こえなかったし。 まあ、当然そのまま続行よね。 それにしても、今日は久しぶりにしっかりスパンキングができた。 終わってみれば、なんだかとても爽快だった。 こういう時間も、私は好きだ。 相手が何を求めているのかを聞いて。 その目標を一緒に決めて。 そして最後には、 「やり切った」 と二人で笑える。 それもまた、SMの楽しさの一つなのだと思う。 前の記事で、私は「楽しむ」ということについて少し書いた。 今日のお前を見ていて、私自身も改めて思った。 SMは、もっと楽しんでいい。 真剣であることと、楽しむことは両立する。 むしろ、本気で向き合っているからこそ、終わった後にこんなにも清々しい気持ちになれるのかもしれない。 今日は私も、思い切り楽しませてもらったわ。 さて。 300発を終えたお前。 次はどうする? 今日より少しだけ先へ行ってみる? 次は、濡れタオルが「ジュッ」と音を立てて蒸発するくらいまで、お尻を熱くしましょうね。

【少しだけ】

SMというのは、毎日が学びだ。 今日、乱入に行ってきた。 そして、なぎささんとも少しの時間だったけれど、お話をすることができた。 なんて恵まれた日なんだろう。 そんなことを思いながら過ごした今日、私はひとつ気付かされたことがある。 私は、物事の楽しみ方を知らなさすぎる。 正確に言えば、 自分が「楽しい」と感じていることを、どちらかというと【悪いこと】に近いものとして認識してしまう節がある。 楽しんでいいのかな。 こんなに楽しんでいていいのかな。 もっと何かしなきゃいけないんじゃないか。 そんなふうに、楽しいという感情にすら少しだけブレーキをかけている自分がいる。 昔、一緒に遊んだ友人に言われたことがある。 「大丈夫?ちゃんと楽しかった?」 「楽しんでもらえたか不安」 私は、その時心の底から楽しんでいた。 本当に楽しかった。 それなのに、それが相手に伝わっていなかった。 それが、なんだか悲しかった。 私が楽しいと思っていることは、ちゃんと相手に伝わっているのだろうか。 それ以来、そんなことが妙に気になるようになった。 楽しいって、どうやって態度で示せばいいんだろう。 笑えばいい? たくさん喋ればいい? 「楽しい」と言葉にすればいい? でも、言葉にしすぎると、なんだかわざとらしく感じてしまう。 本当は楽しいのに、 「楽しんでいるように見せなきゃ」 と考え始めた瞬間、今度は自分を演技させているような気がしてくる。 それが嫌だった。 だから私は、自分の「楽しい」を上手く外に出せないことがあった。 今日、少しだけ考え方が変わった。 表情にすること。 言葉にすること。 態度にすること。 それは、私が自分を偽って演技することではない。 【楽しいという感情を、相手に伝えるための手段】なのだ。 そう考えてみたら、少しだけ楽になった。 笑ったからといって、嘘をついているわけじゃない。 「楽しい」と言葉にしたからといって、わざとらしいわけじゃない。 自分の中にちゃんと「楽しい」がある。 その事実を、相手にも分かる形にして渡しているだけなのだ。 そう思えた。 私は、自分の感情をそのまま相手に伝えることが、少し苦手なのかもしれない。 でも、だからといって、伝え方を覚えることが「偽物の自分になる」ということではない。 むしろ、自分の中にあるものをちゃんと相手に届けるための努力なのだ。 SMも、きっと同じなのだと思う。 私はマゾとの間に、心と心で繋がる関係を作りたい。 だったら、私が何を感じているのかも、ちゃんと伝えなければならない。 嬉しいなら嬉しい。 楽しいなら楽しい。 お前のことをもっと知りたいなら、そう伝える。 そういう小さな積み重ねが、二人の間にあるものを少しずつ形にしていくのだろう。 今日、私はそれを学んだ。 大きな答えではない。 人生がひっくり返るような気付きでもない。 ただ、 【少しだけ】 自分を許せるようになった。 楽しんでいる自分を、悪いものだと思わなくていい。 楽しさを伝えようとする自分を、演技しているのだと責めなくていい。 私の中にある「楽しい」は、ちゃんと本物なのだから。 それを誰かに伝えたいと思うことも、きっと本物なのだ。 今日は、そんなことを教えてもらった。 SMというのは、毎日が学びだ。 そして今日もまた、私は少しだけ前に進んだ。 ほんの少しだけ。 でも、それでいいのだと思う。

【解き放つ性(さが)】

お前は、日常の中でどれだけ「自分」を抑えて生きている? こうしなければならない。 これは言ってはいけない。 こんなことをしたら変に思われる。 そんなふうに、知らず知らずのうちに自分自身へ制限をかけているんじゃないかしら。 社会の中で生きていくためには、きっと必要なことなのだろう。 人と関わる以上、理性も必要だ。 我慢も必要だ。 周囲に合わせることだって必要になる。 だけど、私はSMには、そういう日常から一時的に解放される力があると思っている。 SMをしている時間くらい、お前がお前のありのままでいればいい。 「こんなことを言ったら変だと思われるかな」 「こんな自分を見せたら引かれるかな」 そんなことを考える必要はない。 むしろ私は、その逆を望んでいる。 【お前の狂いを見せて】 躊躇わなくていい。 普段なら誰にも見せない部分。 誰にも言えない欲望。 自分でも少し異常だと思っている部分。 隠している衝動。 「こんなことを望む自分は、おかしいんじゃないか」 そう思っているものがあるなら、それも含めて私の前に持ってきなさい。 私は、お前の「普通」を見たいわけじゃない。 普通の顔なら、日常でいくらでも見ることができる。 私が見たいのは、その奥にあるもの。 お前自身が隠しているもの。 理性で蓋をしているもの。 誰にも見せずに抱えているもの。 それを、私の前では解き放ってほしい。 私は、異質であればあるほど高ぶる。 「こんなことを考えるのは自分だけかもしれない」 そう思っていたものほど、私にとっては興味深い。 なぜそんなものを求めるのか。 いつからそう思うようになったのか。 それを誰にも言えなかったのはなぜなのか。 私はそこまで知りたい。 だから、綺麗に整理された欲望を持ってこなくていい。 上手に説明できなくてもいい。 「自分でもよく分からないけど、これが気になる」 それでもいい。 「こんなことを考えている自分が怖い」 それでもいい。 むしろ、そういうところから始めたい。 SMは、お前が日常で演じている「まともな人間」という役から、一度降りる時間でもあると思う。 会社員である必要もない。 誰かの子供である必要もない。 誰かの恋人である必要もない。 立派な人間である必要もない。 ただ、私の前にいる一人の人間として存在すればいい。 そして、その人間の中にあるものを見せてほしい。 私はそれを笑わない。 「そんなものを求めるなんて変だ」と切り捨てるつもりもない。 だって、私はお前の「変ではない部分」を確認するためにいるわけではないもの。 お前の中にある、他人には理解されないかもしれない部分。 そこに私は惹かれる。 異質であればあるほどいい。 理解しにくければ、なおさら面白い。 簡単に言葉にできないものなら、一緒に紐解いていけばいい。 それが私にとってのSMなのだから。 日常では抑えているものを、ここでは少しだけ手放してみなさい。 「こんな自分を見せてもいいのだろうか」 そう思った瞬間こそ、一歩踏み込んでみればいい。 私は、お前の狂いを見たい。 躊躇わずに見せてほしい。 綺麗な部分だけじゃなくていい。 理解されやすい部分だけじゃなくていい。 むしろ、誰にも見せたことのないところまで。 【解き放ちなさい。】 お前の中にある性(さが)を。 日常という檻の中では見せられない、お前だけのものを。 私は、それを見つけるためにここにいる。

【アナル難民よ、お前はなぜ?】

お前は、なぜアナル難民なのかしら。 なぜメスイキをしたいの? なぜアナルフィストをしてみたいの? それとも、ただなんとなく? 「なんか、かっこいいから」 「昔からずっと憧れていたから」 理由なんて、なんでもいいわ。 明確に言葉にできなくても構わない。 でも、もしお前自身がその理由を知りたいと思っているのなら、一度ルイのところへいらっしゃい。 私は、アナルが好き。 だからこそ、お前がなぜアナルを求めているのかを知りたいのよ。 ただ「アナルがしたい」という言葉だけを受け取って、すぐに行為へ進むのではなく、その言葉の奥に何があるのか。 そこを一緒に考えてみたい。 お前が求めているものは、本当に「それ」なのか。 それとも、その先にある何かを求めているのか。 あるいは、まだ自分でも分かっていないのか。 それだっていい。 分からないからこそ、話してみればいい。 私は、アナル難民のお前たちに対して、 「必ずメスイキさせるから」 なんて、口が裂けても言わない。 このブログに辿り着いているお前なら、そんなことを軽率に口走る者がどれほど愚かであるか、きっと分かるでしょう。 アナルというものを本当に理解しているのなら、そんな簡単な約束ができるはずがない。 人間の身体も、感覚も、心も、一人ひとり違う。 だから私は、結果を安易に約束するのではなく、そこへ向かう過程そのものと向き合いたい。 お前が何を望んでいるのか。 何を怖いと思っているのか。 何を期待しているのか。 そして、なぜそれを望むようになったのか。 そういうものを知った上で、私は女王としてお前と向き合いたい。 アナル難民という言葉を、私は少し面白い言葉だと思っている。 求めているのに、辿り着けない。 憧れているのに、どうすればいいのか分からない。 試してみても、自分が求めていたものとは違った。 そんな経験を繰り返している者もいるでしょう。 だからこそ、私はお前を簡単に絶望させたくない。 「できなかった」 「向いていなかった」 「自分には無理だった」 そうやって、お前が本当に求めていたものまで諦めてしまうことがないようにしたい。 私は本当にアナルを愛しているから。 だから、プレイそのものだけではなく、私の発言や行動、その一つひとつまで大切にしたいと思っている。 アナルについて語る時も。 相談を受ける時も。 実際に向き合う時も。 お前の期待を無責任に膨らませるのではなく、ちゃんとお前自身を見る。 それが、私なりの【アナルへの敬意】よ。 もし、お前がアナルについて誰にも相談できずにいるのなら。 もし、自分が何を求めているのか知りたいのなら。 もし、長年の憧れを一度きちんと誰かに話してみたいのなら。 ルイのところへいらっしゃい。 ちなみに、予約の時は備考欄に 【アナル相談希望】 と書いておいてちょうだい。 そうしてくれれば、私には「このお前は、このブログを履修済みなのね」と分かるから。 大したことじゃないように思うかもしれないけれど、私はそういう小さなコミュニケーションも大切にしたい。 お前が何を求めてここまで来たのか。 それを知った上で、私はお前を迎えたい。 アナル難民よ。 お前がまだ答えを見つけられていないのなら、それでもいい。 焦って答えを出す必要なんてない。 まずは、自分がなぜアナルを求めているのか。 そこから考えてみなさい。 そして、その答えを私に聞かせて。 ――お前が絶望することのないように。 ルイは、最後まで本気でアナルと向き合うわ。

【ルイ的アナル論】

アナルが好きだ。 突然だけど、今日はそんな話をしようと思う。 私はSMの中でも、アナルプレイがかなり好きな方だと思う。 でも、だからこそ私は【SMにおけるアナル】と【快楽のためのアナル】は、きちんと分けて考えるべきだと思っている。 これは、実際にマゾと向き合ってきて強く感じるようになったことだ。 同じ「アナル」という行為でも、その目的が違えば意味はまったく変わる。 快楽を得るためのものなのか。 それとも、SMという関係性の中で、自分の境界を越えていくためのものなのか。 ここを履き違えてしまうと、女王とマゾの間ですれ違いが起こる。 「アナルが好き」と言っているマゾが、本当に求めているものは何なのか。 そこを理解しないまま、ただ行為だけを進めてしまえば、それは私が求めているSMとは違う。 だから私は、アナルを【開発】という言葉だけで一括りにはしたくない。 SMのための開発と、快楽のための開発。 この二つには、明確な違いがある。 少なくとも私は、そう感じている。 そして、その違いを知るためには、結局のところ【対話】しかない。 お前が何を求めているのか。 何をされたいのか。 何をされることに意味を感じるのか。 どこまでなら受け入れられるのか。 そして、その行為を通して何を感じたいのか。 私は、そこを知りたい。 「アナルが好きです」 その一言だけでは、私は満足しない。 なぜ好きなのか。 何を求めているのか。 どういうSMをしたいのか。 そこまで知って、初めて私はお前に対するアナルの向き合い方を考えることができる。 だからこそ、私はアナルが好きだ。 好きだからこそ、雑に扱いたくない。 好きだからこそ、形だけのプレイにはしたくない。 「アナルができる女王様」であることが目的なのではない。 【お前にとって意味のあるアナル】を作ること。 それが私にとっては重要なのだ。 SMというものは、女王様が一方的に何かを与えて終わるものではないと思っている。 マゾが何を求めているのかを知る。 その言葉の奥にあるものを考える。 そして、それに対して女王として何を返すのかを決める。 そこまで含めて、私はSMだと思っている。 だから、アナルに関しても同じ。 私はいつでも本気だ。 「今日はアナルをやってみようか」なんて、軽い気持ちで向き合っているわけではない。 お前がそこに何を求めているのか。 その時間にどんな意味を持たせたいのか。 それを理解した上で、私は女王としての務めを果たす。 もちろん、私自身がアナルを好きだからという理由もある。 でも、それだけではない。 私が好きなのは、アナルという行為そのものだけではなく、その行為を通してマゾとの間に生まれる【関係性】なのだと思う。 「ここまでならできる」 「ここから先は怖い」 「本当はこうされてみたい」 そんな言葉を一つずつ受け取っていく。 そして、その言葉をもとに二人でSMを作っていく。 そこに私は面白さを感じる。 だから、アナルを求めるお前へ。 私はアナルが好きよ。 かなり好き。 でも、だからといって、お前の気持ちを置き去りにするつもりはない。 むしろ逆。 好きだからこそ、ちゃんと向き合いたい。 好きだからこそ、ちゃんと知りたい。 好きだからこそ、適当に済ませたくない。 SMのための開発と、快楽のための開発。 その違いを理解した上で、お前と向き合う。 それがルイのアナルだ。 ――女王が本気で向き合う以上、マゾにも本気で向き合ってもらうわ。 ルイは、いつでもアナルに本気よ。

【碇シンジか?】

私が理想とするSMの形について、少し考えてみた。 一番近いイメージを挙げろと言われたら、私はこう答える。 『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジと渚カヲル。 碇シンジと葛城ミサトではなくて、だ。 一般的に考えれば、シンジとミサトの方がSMというもののイメージには近いのかもしれない。 ミサトはシンジに指示を出す。 シンジはそれに従う。 二人の間には明確な上下関係があり、ミサトはシンジを導き、時には叱り、保護する立場でもある。 だけど私は、そこにある関係性よりも、シンジとカヲルの関係性に強く惹かれる。 なぜか。 少し因数分解してみよう。 まず、シンジは幾度となくミサトの元から逃亡している。 それは、二人の関係性そのものが「好きだから一緒にいる」というものではないからだと思う。 ミサトとシンジの関係には、親子に近い側面がある。 ミサトはシンジの保護者であり、シンジには守られる側としての立場がある。 つまり二人の間には、責任や保護という関係性がある。 言い換えるなら、 【一緒にいる社会的な理由】 が存在している。 では、シンジとカヲルはどうだろう。 友達か? 友人か? 戦友か? どれもしっくりこない。 少なくとも、二人が一緒にいることを社会的な責任や義務によって説明することはできない。 カヲルには、シンジを保護しなければならない義務があるわけでもない。 シンジに対して責任を負わなければならない立場でもない。 それでも、カヲルはシンジのそばにいる。 なぜ? 強いて言うなら、 【好きだから】 なのだろう。 それを象徴するようなカヲルの言葉がある。 「僕は君に会うために生まれてきたんだ」 この言葉には、二人の関係性を考えるうえで、とても重要なものが含まれているように私は感じる。 もっと因数分解するなら、二人の関係はまず、カヲルからシンジに対する【愛】から始まっている。 所有欲でもない。 独占欲でもない。 相手を自分のものにしたいという欲望でもない。 あえて言葉にするなら、【純愛】とでも呼べばいいのだろうか。 大人たちから利用され、世界を救うための存在として扱われ続けてきたシンジは、カヲルから向けられたその愛を、【無償の愛】に近い形で受け取ったのかもしれない。 だからこそシンジは、カヲルの愛に応え、一緒にいる道を選んだ。 そして最後には、カヲルがシンジを護るために自らの命を捧げる。 そこには迷いがない。 ここが、私がとても惹かれるところだ。 カヲルには、シンジを護る義務なんてない。 責任があるわけでもない。 社会的な理由があるわけでもない。 それでも護る。 なぜ? そう問われた時、最終的には【愛】という、実に曖昧なものに帰結させるしかない。 私は、そういう関係性が好きだ。 行動の動機を、合理的な理由では説明しきれない。 「そうしなければならないから」ではなく、 「そうしたいから」 それすらも通り越して、 【そうせずにはいられないから】 というところまで行ってしまう関係。 私はSMにも、そういうものを求めている。 主人だから従う。 女王様だから従わせる。 マゾだから服従する。 もちろん、そういう分かりやすい関係性もSMの一つだろう。 だけど、私が本当に惹かれるのは、その先にあるものだ。 「なぜ、この人に従いたいのか」 「なぜ、この人に会いたいのか」 「なぜ、この人の言葉なら受け入れられるのか」 そういう問いに対して、最後まで合理的な答えを出し切れない関係。 ルイだから。 好きだから。 必要だから。 もっと知りたいから。 そういう、理屈では測れないものが二人の間に積み重なっていく。 そしていつか、本人たちですら「どうしてここまで、この人に惹かれているのだろう」と思うところまで辿り着く。 私は、そこにSMの面白さがあると思っている。 だから私は、SMを強度だけで測りたくない。 どれだけ激しいことをしたか。 どれだけ痛いことをしたか。 どれだけ過激なことができるか。 そんなものだけでは、私が求めているSMの深さは測れない。 むしろ私が見たいのは、その人の中で私がどんな存在になっているのか。 そして私自身が、その人に対してどんな存在になっているのか。 目に見えないもの。 数字にもできないもの。 言葉にすることすら難しいもの。 それでも確かに存在しているもの。 そういうものを、私は【SM】と呼びたい。 運命とか、愛とか、信頼とか。 人間が何千年考えても明確な答えを出せないような、曖昧で抽象的なもの。 本当は、そんなものを関係性の根拠にするのは、とても不確かなことなのかもしれない。 でも、だからこそ私は惹かれる。 だって、「そうしたくてできるもの」ではないから。 頭で考えて作るものでもない。 誰かに教えられて身につけるものでもない。 気付いた時には、もうそこにある。 その人だから。 その人でなければ駄目だから。 そういうところまで辿り着いた時、SMは単なるプレイではなくなる。 私は、そんなSMがしたい。 お前が私に服従する理由を、私が命令したからだけにはしたくない。 お前が私を必要とする理由を、私が女王様だからだけにはしたくない。 もっと深いところで、 【なぜかルイでなければならない】 そんな関係を作りたい。 それが、私の理想とするSMの形だ。

【運命の出会い(前編)】

前回の記事で、私がBabylonに来ることになった運命の分かれ道について少しだけ触れた。 今日は、その続きを書こうと思う。 Babylonの創設者。 そして、ルイがこの世で最も尊敬する人の一人。 なぎささんとの出会いについて。 初めてお会いしたのは、2年前。 BabylonのHPに掲載するプロフィール写真の撮影の日だった。 第一印象は、とにかく掴みどころのない人。 「怖い人なのかもしれない」 そんなイメージもあった。 怒りそうとか、怒鳴りそうとか、そういう意味での【怖い】ではない。 もっと、本能的なもの。 【得体の知れないもの】に対する感覚に近かった。 今まで生きてきた中で出会った、どの人とも違う。 「こういう雰囲気の人は、きっとこういう人だろう」 今までの経験や、自分の中にある人間に対する統計。 そういうものが、まったく通用しない人だった。 同じクラブに在籍するmistressとして、私はちゃんとやっていけるのだろうか。 そんな不安を感じていたことを覚えている。 だけど、その印象は少しずつ変わっていった。 デビュー前の講習。 デビューしてから感じた、些細な不安や疑問。 どんなことに対しても、なぎささんはいつも真摯に向き合ってくれた。 私が出会った当初、なぎささんは在籍しているmistressたちのために、週に一度のSM研究会まで開いてくれていた。 多忙、なんて言葉を使うことすら恐れ多いほど忙しい人なのに。 それでも時間を作ってくれていた。 やがて研究会は、2週間に1回になり、月に1回になり、最近では2ヶ月に1回程度になった。 参加するmistressも少しずつ減っていった。 そして気付けば、ルイ一人のためになぎささんが時間を作ってくれる。 そんなことも、一度や二度ではなくなっていた。 今思えば、とても贅沢な時間だったと思う。 そこで、なぎささんが私に教えてくれたもの。 それは、【本物のSMとは何か】ということだった。 もちろん、「本物のSMとはこれです」と一言で言い表せるようなものではない。 私自身、まだその答えを持っていない。 きっと、一生をかけて追い続けるものなのだと思う。 そこに終わりはない。 そして何より、その時間を通して、なぎささんはルイのmistressとしての才能や感性を少しずつ開花させてくれた。 当時の私は、右も左も分からなかった。 マゾが何を求めているのかも分からない。 マゾから求められる「自分」というものも分からない。 何をすればいいのか。 どうすれば喜んでもらえるのか。 どんなmistressであればいいのか。 分からないことだらけだった。 そして、それがとてつもなく苦しかった。 耐え難いほど苦しかったことを、今でも鮮明に覚えている。 そんな私の疑問や苦しみに、なぎささんはずっと付き合ってくれた。 ライトなSM。 中程度のSM。 強度の高い、ハードなSM。 一般的には、ライト〜中程度のSMを求めるマゾの層が最も多い。 ならば、まずはそこにアプローチするべきなのではないか。 そのためには、何をすればいいのか。 そんなことを、ずっと考えていた。 でも、ある時ふと思った。 【SMを強度というベクトルで測るから、私は苦しんでいるんじゃないか】 ルイが求めているのは、どれだけ派手でハードなプレイができるか、ではない。 どれだけマゾを理解できるか。 どれだけ相手の心に近づけるか。 どれだけ心と心で繋がれるか。 つまり、目に見えるモノサシでは測れない種類のSMを、私は求めているのだと気付いた。 そう思えた瞬間、とても清々しい気持ちになった。 やっと、自分が何をしたいのか分かった気がした。 だけど同時に、新しい壁にぶつかった。 目に見えないSMを大切にしているということを、目に見える形で証明することができない。 ルイがどれだけ自分のSM論を語ったところで、 「それって、口先だけじゃない?」 そう思われてしまったら、私は何も言い返せない。 それが嫌だった。 だから、自分のSM論を文章にすることにも、どこか躊躇いがあった。 そんな煮え切らない気持ちを抱えていた私に、それでも言葉を届けてくれるマゾがいた。 「ルイ様のブログに感銘を受けて、会いに来ました」 その言葉を聞くたびに思った。 「伝わる人には、ちゃんと伝わるんだ」 「私の言葉や存在を必要としている人には、ちゃんと届くんだ」 そこで、ようやく気付いた。 私の目的は、私が迷っているかどうかにかかわらず、ちゃんと達成されていたのだ。 それ以外に、何が必要だろう。 ――いいえ。 もう、充分じゃないか。 以前、なぎささんが私に言ってくれた言葉で、今でも強く印象に残っているものが二つある。 一つは、 「ルイさんは、私では取りこぼすであろうマゾの希望になれます」 という言葉。 とても恐れ多かった。 でも、それ以上に嬉しかった。 もう一つは、 「ルイさんって絶対に諦めないよね。いつも迷ったり悩んだり、もうSM好きじゃなくなっちゃうかなって思っても、絶対復活する」 という言葉。 「雑草みたいってことですか!?」 なんてふざけ合ったことが、昨日のことのように思い出される。 でも、その言葉を聞いて私はハッとした。 確かに、これだけ苦しんだのなら、もうSMが嫌になっても何もおかしくない。 幼い頃から飽き性で、部活もアルバイトも長続きしなかった私が、なぜかSMだけは辞めない。 どれだけ厚くて高い壁にぶつかっても、「辞める」という選択肢が浮かばない。 自分でも気付かないうちに、私はSMというものと想像以上に深く結びついていたようだ。 そして、それはなぎささんのサポートなしには、きっと実現しなかった。 それだけではない。 私のことを慕い、私についてきてくれるマゾたちの前から、無責任に消える。 そんなことも、今の私には到底許せない。 そういう価値観が自分の中に芽生えたのも、なぎささんとの時間が大きく影響している。 私がmistressであり続けるのは、ただSMが好きだからだけではない。 なぎささんが描いているSMの未来を、いつか一緒に実現したいから。 そして、そんななぎささんの大いなる愛のもとに、今のルイ自身が存在しているから。 だから私は、改めて思う。 私は【愛の女王様】として生まれたのだと。 なぎささんとの出会いがなければ、今のルイはいない。 私が迷った時も、苦しんだ時も、何度も立ち止まった時も。 なぎささんは、私が自分自身の答えを見つけるまで付き合ってくれた。 答えを与えるのではなく、考え続けるための場所を与えてくれた。 だから私も、これから先ずっと考え続けたい。 【本物のSMとは何なのか】 そして、ルイにしかできないSMとは何なのか。 きっと、答えに辿り着くことはない。 それでもいい。 終わりがないからこそ、一生をかけて追い続ける価値がある。 いつかルイが、なぎささんの右腕として胸を張れる日まで。 そしてその先も。 私は、mistressで在り続ける。 ――なぎささん。 あなたに出会えたことを、私は一生忘れない。 ルイという女王様を生み出してくれたこと。 そして、ルイがルイであることを許してくれたこと。 そのすべてに、心から感謝しています。