SM、特にドミナント・サブミッシブにおける愛は、諸君を自由にするためにここにある。私は、諸君の「見せかけ」の向こう側にある、ありのままのお前を見ている。
私に気に入られようと必死になるのはやめるべきだ。私はすでに、諸君のありのままの姿を気に入っているのだから。見せかけを捨てて、自分の「成果」ではなく「ありのままの自分」として愛されることを受け入れるべきだ。それがまず私との絆を築く第一歩だ。
普段の社会生活からは考えられないような情けない姿も、オスとしての尊厳を奪われた姿も、全てひっくるめて私は愛している。プレイが終わって雑談する時間も、私は好きだ。
鎧を脱ぎ捨て私の前に跪け。私に全てを委ねろ。
私は脳内で構築したプレイを感覚で行なう。私は考えるよりも感じる力が強いらしい。もちろんひとりひとりのマゾに合わせたプレイをヒアリングして、それを即興で行なう。まるでショパンの『幻想即興曲』のように。
そうして悪魔的女王様と絶対服従奴隷としての絆を築き上げていきたい。確固たるものとして。
私は楽しくなるとつい笑ってしまう。逆にオラついている時もある。それは躾だ。私の命令に従えなかった時、しくじった時、生意気な態度をとった時(滅多にないが)、私は豹変する。よく海外の方に『Yakuza girl?』と尋ねられるが、それになる。体罰も行なう。どうか諸君にはわたしを笑わせてくれるよう祈っている。
『Are you a Yakuza girl?』「Yes, off course.」『Oh.....』(ジョークよ)